カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞した女優たち

トスカーナの贋作

カンヌ国際映画祭女優賞を獲得した作品

さて、ジュリエット・ビノシュさんがカンヌ国際映画祭で女優賞を獲得した作品について紹介していこうと思います。彼女が女優賞を獲得したのは2010年に公開された『トスカーナの贋作』という作品だ。フランスとイタリアの合作映画となっているので、益々日本人にしてみれば縁がない作品といえるかもしれません。

その一方で映画祭に出展した際にはその洗練された内容から太鼓判を押す人が続出し、多くの人が同作は素晴らしいと表現するまでに至ったという。映画祭に訪れているのは関係者もそうですが、中には映画に対して強いこだわりなどを持っている、ある意味日本的に言うところのオタク気質あふれる映画フリークが多いという点だ。見る目が肥えているので評価もきつく、よほどの作品でなければスタンディングオベーションすら全くと言っていいほど発生しないという。普通の拍手こそ起こるでしょうが、今作に関してはそういった不安はどこにもなかったと言われている。

では実際に見た感じ、どんな作品だったのか、紹介していこう。

作品概要

今作の特徴は、『贋作は真作になり得るか』という点が挙げられている。接点のなかった男女が突然ルールのない夫婦として互いを演じようと始める危険な遊びが開幕し、進行する中で偽物から本物のになろうとするものの、贋作は贋作のままであり続けなければならないのか、それとも真作になれるのか、その板挟みに揺れる男女の恋物語が描かれています。

簡単にあらすじから見ていこう。

あらすじ

イタリアはトスカーナの小さな村でジェームズが一つの本を発表する。それは真作と贋作、本物と偽物とをテーマにしたものだ。講演会には彼の聴講を耳にしようと大勢が押し寄せるが、その中に1人の女性が子供連れで現れる。女性は名乗ることをしなかったが、講演会終了後に音沙汰はなかったが、たまたま訪れたギャラリーが女性の開いたものであったことから再会を果たす。その後女性の提案を条件付きで了承したジェームズは共に行動する。

その道中、立ち寄ったカフェで老夫婦に夫婦と勘違いされたことから、あるゲームを始めた。それは『本物の夫婦になりきる』というもの。最初こそまるで長年連れ添って愛し合っているかのような夫婦を演じられていた2人でしたが、時間が経つにつれて元は何の関係もない赤の他人である事実が肉薄する。女性はヒステリーにジェームズを罵り、ジェームズも彼女に怒りを覚えてしまう。

これでゲームは幕引きかと思われたが、とあるきっかけを元にして互いを許し合い、また夫婦として演じていく。しかしその時にはジェ―ムズと女性は既に他人として互いを見ることができなくなっており、それぞれ意識し始めるのだった。やがてジェームズは条件を無視した行動はできないという苦しみに駆り立てられていく中で、夫婦でいられる時間が残り少なくなっていくのであった。

偽物が本物になれるか

贋作と真作、芸術の世界で前者は罪であり、後者は至高の芸術と言われている。その違いを本で紹介したジェームズと、ギャラリーを開いていた女性が彼の言うところの内容通りに、贋作と真作に違いはないことを証明するようなそんな遊びを行っていく。言ってしまえば子供の遊びみたいなものだ、それこそ彼女でもない人に彼女の振りをしてもらってその場凌ぎを企んでいる、なんて人もいるかもしれません。

しかし振りは振り、一歩先へ進展すると愛を交わす言葉すらまともに邂逅していない赤の他人が、親密な間柄を熱演しようとしても無理が生じてしまう。それはわかっていたはずだが、最初はあまりにうまく行っていたことから面白がって先へと進展したことで、仲違いしてしまいます。あくまで遊びのつもりでも、どちらかが本気で対応してしまえば諍いが起きてしまうのは無理のない話だ。実際にジェームズは女性の言葉にどうしようもない憤りを抱いたために、彼女の関係すら絶とうと本気の痛みを理解します。

やがて物語が展開していく中で偽物だったはずの感情がふとしたきっかけで和解へと繋がり、あまつさえその一歩先へと進展しようとまで深みにはまっていったのです。危ない兆候ですが、一度持ってしまった情熱を失えるほど半端な思いで2人は挑んでいなかった。

それをより自覚したジェームズが最初に提示した、『夜9時までの電車に乗るまで』という条件を無視してしまいたくなるぐらい夢中になる辺り、彼のほうが一番魅力を覚えさせられたのかもしれませんね。

等身大の女性を

そんな女性を演じているジュリエット・ビノシュによって、これまで長く愛し合っていた妻として演じていたが、実際の結婚生活でも抱いていた不満を思わずジェームズの前で吐き出してしまうのだ。吐き捨てられる言葉はまるで実際にあった愚痴や不満を取ろすように、彼女の苦悩を演じている。

結婚した後の女性が抱きやすい不満、女としていつまでもあり続けたいとする意思の強さが垣間見える、ジュリエット・ビノシュの渾身作となっています。